名古屋高等裁判所 平成9年(う)239号 判決 1998年3月16日
主文
原判決を破棄する。
被告人を無期懲役に処する。
理由
本件控訴の趣意は、名古屋高等検察庁検察官亀井冨士雄提出にかかる岐阜地方検察庁検察官渋佐愼吾作成の控訴趣意書に、これに対する答弁は、弁護人伊藤貞利作成の答弁書に、それぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。
検察官の所論は、要するに、被告人を懲役一八年に処した原判決の量刑は軽過ぎて不当であり、無期懲役に処すべきである、というのである。
そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討する。
本件は、被告人が、<1>平成六年二月二二日夕刻、女子中学生を無理矢理犯そうと考え、自宅から金槌等を持ち出し、自転車で岐阜県羽島市内を走り回るうち、同日午後六時四五分ころ、男子高校生運転の自転車の後部に女子専門学校生(当時一七歳)が立ち乗りしているのを認め、欲求不満を解消するため、後方から近づいて同女の背部を所携の金槌で殴打し、同女に安静加療約七日間を要する背部打撃等の傷害を負わせたという傷害の事案と、<2>同年四月七日午前、女子中学生を無理矢理犯そうと考え、自宅からタオル等を持ち出し、自転車で同市内を走り回るうち、小学生の女児に声を掛け、公園等に連れて行っていたずらをしようと考えるようになり、一旦帰宅して再び外出した後の同日午後二時ころ、小学校前の路上で買い物に来ていた小学校一年生の女児を誘って付近の公園に連れて行こうとしたが失敗し、その後間もなくの同日午後二時三〇分ころ、下校途中の小学二年生の被害女児(当時七歳)を認めるや、同女にわいせつ行為をしようと企て、同女に「ちょっと来て」と声を掛け、同女の手を引いて人目に付きにくい殉国碑の陰へ連れて行き、同所において、同女に対し、「ちょっと服脱いでくれるかな。ちょっと体調べる」などと言って、同女に下半身の着衣を膝辺りまで下ろさせ、手指等で同女の陰部を弄び、さらに、「おしっこ飲むから、おしっこしてくれる」などと言って、同女に放尿させ、その尿を手のひらで受けて飲むなどのわいせつ行為をし、その後も、右殉国碑の陰で同女と一緒にいたところ、同日午後三時ころになって、同女がピアノの練習があるから帰るなどと言い出したため、独りぼっちになってしまうから同女を帰したくないなどと考えるうち、殺意をもって、同女の頚部を両手で締め付け、さらに、所携のタオルを同女の頚部に巻き付けて締め付けるなどし、同女を窒息により死亡させて殺害し、翌日の午前二時三〇分ころ、右殉国碑の陰に放置していた同女の死体を一輪車で一旦自宅の自室に運び込み、同室出入口に施錠してこれを隠匿し、さらに、翌々日午前四時ころ、右死体を右自室から同女の自宅近くの公園内に一輪車で運搬し、同所に置き去りにしたという強制わいせつ、殺人、死体遺棄の事案である。
欲求不満の解消ないし性的欲望の満足という各犯行の動機に酌量の余地はまったくない。犯行態様も、傷害の犯行にあっては、何の落ち度もなく、たまたま被告人の目に触れたというだけの被害者に金槌で背後から不意に殴りかかるという危険かつ理不尽なものであるし、殺人等の犯行にあっては、被害者の幼く純真無垢で人を疑うことを知らないことに付け込んで、わいせつ行為に及んだ上、帰りたいという被害者を帰したくないというただそれだけの理由から、強固な殺意に基づき、無抵抗の被害者の首を両手やタオルで締め付けるなどして殺害し、殺害後も、その場で死体を全裸にして弄び、更に死体を自宅に運び込んでわいせつな行為をしたもので、他人の生命に対する尊厳の念と死者に対する畏敬の念を欠き、はなはだ悪質で人間性に欠ける犯行である。
また、僅か七歳の女児にわいせつ行為をした挙げ句これを殺害したという結果は極めて重大である。何の落ち度もないのに、下校中、たまたま被告人に出会ったばかりに、その異常な性欲の対象とされ、未だ幼く汚れのない体を弄ばれた上、なぜ自分が殺されるのかの理由も分からぬまま、突然に襲ってきた暴虐のため、苦悶のうちにその幼い命を絶たれた被害者の無念さは計り知れず、最愛の娘の命を奪われ死体まで凌辱されたことを知った両親が受けた衝撃の大きさと犯人に対して抱いた憎悪の念の深さも、察するに余りある。付近住民、とりわけ、幼児を持つ親に与えたであろう不安と嫌悪の情も深刻である。
本件各犯行は、性倒錯(小児性愛)と分裂病型人格障害又はその傾向という被告人の人格に深く根ざした犯行である。そして、性衝動に駆られ殺害行為にまで及んだゆがんだその人格は社会にとり極めて危険なものであり、とうてい看過し得るものではない。被告人は、中学二年生の二学期ころから登校を拒否し、自宅の自室内に閉じ篭もって他人はもとより家族とも接触を避けるようになり、以後、本件各犯行に至るまで、無為徒食のまま約七年間にもわたって、そのようなまったく社会性を欠く生活を続け、この間、人と対話らしい言葉を交わすこともなく、パソコンに興じ、母親に命じて自室に持ち込ませたポルノ雑誌やビデオを見て性的な空想や自慰行為にふけるなどし、次第に、性倒錯の傾向と分裂病型人格障害の度を深めていったものであり、また、平成四年ころからは両親に対し暴力を振るうなど攻撃性を示し始め、平成六年に入ると夜間外出して小学校のトイレで自慰行為をするようにもなり、同年二月二二日に本件傷害行為に及び、それから一か月余で成人したが、成人して二週間後、日中に外出したのは数年振りというその日に本件強制わいせつ・殺人・死体遺棄の犯行に及んでいる。そして、原審公判で、本件殺人の犯行を振り返り、「首を絞めているときに気持ちよさを感じた」(記録二三五丁裏、二四五丁表)などとも供述しているのである。こうした経過をみると、被告人は、社会性を欠く生活の中で異常性を強めてきたが、その異常性に攻撃性が加わり、遂に本件各犯行に至ったことが窺われる。しかも、こうした重大な犯行を犯したにもかかわらず、被告人は、これを真に反省するという感情に乏しく、人間性に欠けることが窺われる。そのほか、被告人の平素の生活振りを見ても芳しくない点は多々あるけれども、有利にしんしゃくすべき状況はまったく見当たらない。
以上の諸事情に照らすと、被告人の刑事責任は極めて重大である。また、ゆがみが大きく、小児性愛という危険な傾向を有するその人格を嬌正するには著しい困難が伴い、再犯のおそれは極めて高い。
そうしてみると、被告人が右のような人格を形成するに当たっては、母親と祖母の間の葛藤、両親の養育態度の不適切などの家庭環境も影響したと思われること、被告人の両親は責任を感じ、傷害の被害者本人や殺人の被害者の遺族に対しそれなりの慰謝の努力をしていること、傷害の被害者が負った怪我は比較的軽かったこと、被告人は前科前歴もなく若年であることなど、証拠によって認めることのできる被告人のためにしんしゃくすべき諸事情をどのように考慮しても、未だ七歳の無抵抗の幼女に対する犯行であること、犯行の原因が被告人の人格のゆがみにあること、そしてその人格の嬌正が極めて困難であることなどにかんがみれば、本件が有期の懲役刑をもって処断すべき事案であるとは考えられず、被告人を懲役一八年に処した原判決の量刑は、軽過ぎて不当である。
論旨は理由がある。
よって、刑訴法三九七条一項、三八一条により、原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書により、更に判決する。
原判決が認定した事実に法令を適用すると、被告人の原判示第一の所為は平成七年法律第九一号による改正前の刑法二〇四条に、同第二の所為は同法一七六条後段に、同第三の所為は同法一九九条に、同第四の所為は同法一九〇条にそれぞれ該当するところ、各所定刑中、原判示第一の罪については懲役刑を、同第三の罪については無期懲役刑をそれぞれ選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるが、原判示第三の罪について無期懲役刑を選択したので同法四六条二項本文により他の刑を科さず、被告人を無期懲役刑に処し、原審及び当審における訴訟費用については、刑訴法一八一条一項ただし書を適用して、被告人に負担させないこととして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 笹本忠男 裁判官 志田 洋 裁判官 川口政明)